日産トップの逮捕に学ぶ今後の不祥事対応
日産の会長で著名な経営者であるカルロス・ゴーン氏が金融商品取引法違反で逮捕されるという衝撃のニュースが昨夕ありました。
逮捕容疑の事実としては、公にしている役員報酬以外に、実質的に役員報酬とみなされる利益(報道によれば、海外で自宅として高級住宅を子会社に購入させていたようです。)を受けており、これが有価証券報告書で反映されていなかった事について金融商品取引法違反とされた報道されています。
報道された事実からは特別背任罪などの成立も考えられますが、捜査機関からは金融商品取引法違反が一番、立件しやすいと判断したのだろうと思われます。
金融商品取引法違反(有価証券報告の虚偽記載)
金融商品取引法は株式その他の金融商品の発行や売買その他の事項について広く規制している法律ですが、その中で、上場会社に対して企業グループの企業の情報(事業の状況や財務諸表など)を有価証券報告書という形で事業年度毎に作成する事を義務づけています。
投資家は、この有価証券報告書の内容を正しいものとして投資する事になるため、有価証券報告書の虚偽記載については様々なペナルティが科せられています。
例えば、刑事罰としては、有価証券報告書で重要な事項について虚偽の記載のあるものを提出した者に対しては10年以下の懲役又は1,000万円以下の罰金(併科可)が課せられ(金商法197条)、法人に対しても7億円以下の罰金が科せられるとされています(金商法207条)。
また民事上の責任としては、虚偽の有価証券報告書を提出した当時の会社役員に対して、有価証券報告書の虚偽記載により損失を被った投資家は損害賠償請求する事ができますが、金商法によって、立証責任の転換されるなど、役員に対する損害賠償請求が認められやすくなっています。
さらに、有価証券報告書の虚偽記載には、上場廃止基準の一つに挙げられており、証券取引所が虚偽記載の影響が重大であると判断した場合には、上場廃止という事態もあり得ます。
以上のことから、今後はこの件に関しては、他に虚偽記載に関与した者がおり刑事罰の対象とならないか、また、法人に対する刑事罰が問題となる他、役員に対する民事上の損害賠償請求等がなされることになると考えられます。
今後の企業法務への影響
(1)司法取引を利用する圧力の高まり
今回のケースでは、今後、法人の刑事責任とその他の役職員の刑事責任が問題になりますが、これらについて司法取引の可能性が既に報道されています。
司法取引は2018年6月に施行された制度ですが、他人の犯罪関与に対する捜査に協力する見返りに、自身の刑事責任の減免を認めるという制度で、個人の共犯同士の場合もあれば、今回の様に企業における犯罪の場合には、法人→個人もあれば個人→法人もあり得ます。
前回に引き続き、法人が、役職員の刑事責任追及に協力して、刑事責任の減免をえるというパターンになりそうですが、このようなパターンは今後も続くものと思われます。(その後の報道で、司法取引をおこなったのは法人ではなく、担当の役職員であったことが判明しましたのでこの点を修正します。)
その理由の一つとして、法人の方が弁護士等の専門家からのアドバイスを受けやすく司法取引に踏み切ろうという判断がしやすいことも考えられますが、より大きな理由としては、司法取引を出来るのにしなかった場合の株主代表訴訟リスクが考えられます。
今回のケースでは、内部通報によって事前に法人として事案を把握していたようですが、社内的な処分で済まさなかったのは、後に今回の件が公となった場合に、法人として金融商品取引法違反の責任が問われ最大で7億円以下の罰金を科される可能性が残ったからだと思われます。もしこれが実現すれば、問題となっている役員以外の役員も、司法取引によって会社の刑事責任を軽減するチャンスをみすみす逃したということになり、役員等に対して株主代表訴訟が提起されるリスクが高まるからです。
その意味で、このような法人の刑事責任も問題となり司法取引が可能な事案においては、内部処分で済ませて刑事責任については様子をみるという判断が難しくなったと言えます。(リニエンシー制度が導入された独禁法の分野でも同じようなことが起きています。)
(2)内部通報の有用性
今回のケースのきっかけは内部通報であったと報道されています。
現在では多くの会社で内部通報制度が導入されていると思いますが、企業のガバナンスにおける不祥事探知のツールとして、内部通報が有用であることが今回のケースでも示されたと思います。
また、内部通報を受けて、秘密裏に社内調査を進め、司法取引まで引っ張って会社が自浄作用を働かせることが出来たことも注目すべき点と考えられます。
仮に、企業トップに遠慮して、内部通報を握りつぶすような対応をした場合、内部通報者が直接捜査当局に駆け込む可能性もあったわけで、不祥事が起きたこと自体は残念ですが、その後の対応としては企業法務としては見習うべきケースと言えます。