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ハラスメントの法的責任

財務次官の女性記者に対するセクハラが話題となっておりましたが、”セクハラ”とは職場での上司や同僚からの性的嫌がらせを指すのが一般的であるため、会社などの組織外の人との間でセクハラになるのかと疑問に思った方もいるのではないでしょうか?

例えば、商談や接待の際に、取引先の担当者から性的な嫌がらせを受ければそれは”セクハラ”と言えるのでしょうか?

セクハラの法的責任

まずは、オーソドックスな社内でのセクハラについて考えてみます。会社において部下が上司からセクハラを受けた場合、会社と上司の責任は次のように考えられます。

(1)上司の法的責任

上司と被害者となる部下との間には、会社の中での上司と部下という関係はありますが、実は両者の間には直接の契約関係はなく、それぞれに会社との間の雇用関係があるに過ぎません。従って、契約関係の有無ということで言えば、全くの第三者(電車で偶々隣に座った人)と上司とで変わりはないのですが、相手と契約関係があろうとなかろうと、相手の性的自由という人格的利益を侵害する行為をすれば不法行為責任を負うことになります。

(2)会社の法的責任

会社は、セクハラの被害を受けた従業員との間で雇用契約があり、この雇用契約上、適切な職場環境が維持されるようにする安全配慮義務があるとされています。従って、セクハラが職場で発生した場合、会社に対してはこの安全配慮義務違反という契約責任が発生することになります。

他方で、先に述べたように、上司と被害者に対して不法行為責任を負うことになるため、会社はその使用者として不法行為の一種として使用者責任を負うことになります。

このとおり、会社の場合には契約責任と不法行為責任が併存することになります。

会社の外の人からのセクハラ

このように”セクハラ”が成立するために、加害者との間に何らかの契約関係は必要ないため、理屈上は会社の外の人との関係でも”セクハラ”が成立しうることになります。

ただ、裁判において”セクハラ”として損害賠償が認められるには、言動の内容、程度、頻度はもとより、被害者と加害者の関係や前後の状況なども踏まえて総合的に判断されるのが通常です。そうすると、”セクハラ”の成立に契約関係は必要ないとしても、その事実上の関係性に応じてセクハラとのにんていが異なることになります。

例えば女性に対して、「まだ結婚していないの?早く結婚しないと行き遅れちゃうよ」などと(冗談でも)発言するのは、例えば上司と部下との関係では”セクハラ”に該当するとされていますが、これが取引先の担当者から言われた場合や、外回りでたまたま隣に座ったおじさんから言われた場合などと比べると何となくわかっていただけるのではないかと思います。

このあたりはケースバイケースと言わざるを得ませんが、”セクハラ”的な言動に対して抗議したり、離脱することの容易さや、そうした場合の被害者自身への影響が判断の違いに繋がるのではないかと考えています。(例えば、電車の隣のおじさんであれば、睨んで立ち去れば済む話ですが、取引先であれば、そうもいきません。)

財務次官のパワハラ騒動雑感

① 記者勤務先の責任

今回の騒動の事実関係は必ずしも明らかになっていませんが、被害を受けた記者は以前から財務次官からパワハラ的言動を受けていたため、これを勤務先に相談して財務次官の担当から外してもらったものの、昨今の財務省の問題を取材させるため、勤務先がこの記者に指示して財務次官に取材させたということが報道されています。

とすると、勤務先である報道機関は、自社社員である記者が取材対象からセクハラ的言動を受けていることを知りながら、情報を得るために取材するよう指示したことになり、これは明らかに勤務先の記者に対するパワハラないしセクハラと評価される行為といえます。

② 財務省の責任

財務省は辞職した財務次官に対して減給処分(に相当する退職金の減額)を行いましたが、その根拠については、見方によっては世間を騒がせた責任というような歯切れの悪いもでした。これは、財務次官が記者に対して不法行為(ハラスメント)をしたのであれば、国が国家賠償法によって記者との関係で責任を負う可能性がでてくることが理由とも考えられます。(民間であれば、取引先担当者がハラスメントをした場合、その勤務先は使用者責任を負う可能性が生じることになります。)

③ 記者と取材対象者との間のハラスメント

また、今回の件は、記者が取材対象者から受けたハラスメントを告発するというものでしたが、特に契約関係にない当事者間においてハラスメントが成立することは先に述べたとおりです。ただ、記者と取材対象者との関係にハラスメントという考え方を持ち込んだことは、逆のハラスメント、つまり記者が取材対象者に対して行うハラスメント行為(メディア・スクラムなど)もまた問題となることを改めて示したものといえます。

さらに言えば、記者が取材対象者のセクハラ行為に対して抗議出来なかったというのも、ジャーナリズムのあり方を考えれば、腑に落ちないところです。すなわち、セクハラ行為について抗議出来ない報道機関が、取材対象者に対して批判的な報道ができるのかという点です。

④ ハラスメント対策としてなすべきこと

今回の件は、現役財務次官の辞任という重大な結果に至りました。セクハラにせよパワハラにせよ、その多くはお互いの認識の違いが原因にある以上、これを完全に防ぐことは難しいといえます。ハラスメントの加害者が、「被害者が嫌がっているとは思わなかった」とよく言い訳するのもこのためです。

この認識の差を埋める一つの方策は、ハラスメントの被害を受けた(と感じた)人がためらいなく被害を申告できる窓口が出来ることと考えています。現実には報復や職場での立場が悪くなることを恐れて被害申告が出来ないという問題もあるのですが、このような報復を強く罰する制度を作るなどして現実を変えないことには、認識の差を埋めるのは難しいのではないでしょうか。