内部告発者の処分は可能か?
現在国会で取り上げられている「加計問題」で、自民党議員の一部が、外部に関連情報を提供した文科省職員の処分を検討しているとの報道がありました。文科省職員が職務上の機密保持義務に違反したという前提であると考えられますが、そもそも、このように内部告発した人に対して機密保持義務違反を理由として処分をすることは出来るのでしょうか。
今回は、このようなテーマについて、公務員ではなく、一般の企業を前提に考えてみたいと思います。
前提と公益通報者保護法の仕組み
まず会社に務めている従業員は、勤務先との間に労働契約に基づく雇用関係があり、その雇用関係に基づく義務として、職務上知り得た情報について外部に漏らしてはならないという機密保持義務を負っていることになります。また就業規則でも服務規程としてそのような義務を課していることが多いのではないでしょうか。ちなみに、このような秘密保持義務は不正競争防止法で保護される営業秘密より広い概念である事にご注意ください。
ある従業員が、勤務先の会社において不正行為がなされていることを発見し、それが第三者の生命や健康に害を及ぼすようなものである場合、その従業員が上司に報告したにもかかわらず取り合ってもらえなかったとしたら、その従業員には何が出来るのでしょうか。会社が報告を取り合ってくれないので、監督官庁やマスコミに不正の事実を告発しようと思っても、告発したことによって自分自身が秘密保持義務違反の責任を問われる可能性があるのであれば、不正は正さなければならないという思いと、自らの責任を問われるかも知れないという心配のジレンマに陥ってしまいます。
このようなジレンマを解決するため、公益通報者保護法では、一定の要件に従った公益通報を行った者に関しては、公益通報を行ったことを理由とする解雇や派遣の解除を無効とし(公益通報者保護法第3条及び第4条)、また降格や減給などの不利益処分をしてはならないとしています(同法第5条)。
従って、公益通報については、原則論からは従業員の秘密保持義務違反となり得るところ、公益通報者保護法で解雇を無効とし不利益処分の禁止を定める事によって、免責の効果を与えている事になります。
ちなみに、公益通報者保護法が定めているのは解雇の無効と不利益処分の禁止のみですが、通報者に対する損害賠償請求などその他の処分についても、公益通報が法令に基づく行為となることから違法性を欠き、解釈上、認められないことになると考えられます。
「公益通報」とは
では、公益通報者保護法によって保護される「公益通報」とはどのようなものなのでしょうか。「公益通報」については公益通報者保護法2条1項で定義されており、
①労働者が
②不正の利益を得る目的又は他人に損害を加える目的その他の不正の目的ではなく
③「通報対象事実」について
④(1)労務提供先の内部通報窓口、(2)監督官庁、(3)業界団体、消費者団体や報道機関など (どこに通報できるかは、通報者の不正事実に対する確信の程度や、労務提供先の対応などによって異なります。簡単に言えば、(1)→(2)→(3)の順に適法な内部通報とされる要件が厳しくなっていきます。)
に通報することとされています。
「通報対象事実」とは、「個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法律として」公益通報者保護法の別表で列挙された法律に規定される犯罪行為(当該法令に基づく処分に違反する行為が処罰の対象となる場合を含みます。)の事実と定義されているため(公益通報者保護法2条3項)、限定列挙された法律に違反する行為が処罰の対象となっている場合に限られることに注意が必要です。
各企業の内部通報制度と公益通報者保護法の関係
各企業で、公益通報者保護法の存在を踏まえて内部通報制度を備えている場合があろうかと思います。通報者の保護の範囲は公益通報者保護法よりも狭めることは出来ず、例えば通報対象行為を、刑罰の対象となっていない違法行為にも拡大する事などが考えられます。
内部通報については、公益通報者保護法があるから仕方なくという捉え方ではなく、企業のトップが社内の不正を早期に察知するための有用なツールという捉え方をすべきであると考えています。
相次いでいる不正経理や製品の不具合等についても、多くのケースで初期の段階で内部告発があったにも関わらず、それが生かされることなく、元の不正行為だけでなく「不正隠し」までもが大きな問題として取り上げられており、残念な結果となっています。
公益通報者保護法又は内部通報制度の対象とならない告発者の処分
では、公益通報者保護法や内部通報制度の対象とならない行為、例えば、「通報対象事実」に含まれない法令違反に関する告発などをした場合、告発者は一切保護を受けないのでしょうか。
公益通報者保護法の適用対象ではない以上、同法に基づく保護を受けることは出来ませんが、他の法令に基づく保護(労働基準法104条、労働安全衛生法97条など)や、一般の法理に基づいて保護を受けることは可能です。
具体的には、他の法令で不利益処分が禁止されている事がありますし、また、内部告発を理由に解雇をされた場合、解雇については労働契約法16条によって、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を欠く解雇は権利濫用にあたり無効とされていますから、このような観点から解雇の有効無効が判断されることになります。
また、解雇以外の懲戒処分や、損害賠償請求等についても、具体的な事情に基づいて判断されることになり、その中で、内部告発の目的や態様、また、その内容や必要性などが評価されることになると考えられます。