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防犯カメラの万引き映像を掲示するリスク

コンビニで万引き犯の写真を掲示していたことがニュースで話題になっています。

万引き犯の写真を公開する事については、以前から度々話題になっており、世間の反応は賛否両論という印象で、騒ぎになると公開を取りやめるというパターンが多いようです。(中には、問題ないとして公開を続けるケースもあります。)

では、コンビニや小売店が万引き犯の写真を店頭などに掲示して公開する事にはどのような問題やリスクがあるのでしょうか。

名誉毀損として刑事罰を受けるリスク

刑法230条は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金に処する。」とあります。

犯罪の事実とはいえ、万引き(要するに窃盗です。)の事実を公表する事も名誉毀損罪には該当しそうです。

但し、名誉毀損に該当しうる行為が

  • ①公共の利害に関する事実に関するものであり
  • ②行為の目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合で
  • ③真実であることの証明があったときは

罰しない(刑法230条の2第1項)と定めていて、責任を免除される場合が法定されています。

これら免責の要件が満たされるかについて考えてみると、起訴前の犯罪行為に関する事実は公共の利害に関する事実(①)と見做すとされています(同条2項)。また、新たな万引き(窃盗)の防止や万引き犯の発見・自首を目的として写真を掲示・公開していると思われますので、公益を図る目的が認められる可能性は相当程度あると思います。

但し③については、勘違いで実際には万引きしていない人を犯人扱いしてしまった場合には深刻な問題を生じます。真実でなければ自動的に免責が認められないということではなく、勘違いしてしまったことについて相当の理由があれば犯罪の故意がなく名誉毀損が成立しないのですが、遠くからの映像で万引きしているように見えたというだけでは通用しないでしょう。

ですので、公開するのであれば映像などから万引き行為が明確に確認し証明できるような場合でないと、仮に間違いであった場合に、公表をした店側が名誉毀損として刑事罰を受けるリスクがあることになります。

名誉毀損、プライバシー又は肖像権の侵害など民事上の損害賠償請求を受けるリスク

勘違いで万引きしていない人の写真を公開してしまった場合に、これらの損害賠償請求を受け、それが裁判所などで認められるリスクがあるのは当然ですが、実際に万引きをした人から損害賠償請求を受けた場合に、そのような請求を裁判所が認めるリスクはあるのでしょうか。

名誉毀損については、刑法上の名誉毀損と同様の免責が判例上認められているため、真の万引き犯からの名誉毀損の訴えが認められるリスクは低いと考えられます。訴えが認められるとすれば、実際の万引き行為から何年も経過している場合や、その公開の仕方が余りにも過激で、「専ら公益を図ること」②という目的が認められなくなるような場合が考えられます。

ではプライバシーや肖像権の侵害についてはどうでしょうか。

コンビニなどで買い物をしている姿、また、その際に万引き行為をしている姿というのもプライバシーや肖像権などの保護の対象になると考えられています。ただ、コンビニなどの開かれた場所で、他の客が隣で見ていてもおかしくないような状況ですから、プライバシーの保護が認められると言っても、その保護の強さは相対的に弱いと考えられます(自宅を外から撮影(盗撮)される場合と比較すると、同じプライバシーでも強弱があることはおわかり頂けると思います。)

他方で、コンビニの側でも、万引き防止を始めとして暴力行為等からお客さんや従業員を守る目的で防犯カメラを設置して撮影する事が社会的に認められており、その映像を公開することの利益が、上記のプライバシーや肖像権と比べて勝るのであれば、違法とはいえず損害賠償請求は認められないということになると考えられます。

この点については、万引き犯を懲らしめたり、発見・自首させる目的で店内に写真を掲示して公開する事が、犯人のプライバシーや肖像権と比較して優越するのかは議論があるところだと思います。万引きしたのだから当たり前という考え方は、万引き犯のプライバシー等の権利を極限まで低く評価する考え方と言えるでしょうし、逆に否定的な立場としては、冤罪の可能性やコンビニなどの私人が犯罪行為に対する一種の私的制裁を加えることの是非を問うているように思われます。

個人的にはコンビニなどの小売店舗が万引きに苦慮している現実を踏まえると、公開もやむなしと考えています。(但し、勘違いの場合には相応の賠償責任を負うような仕組みが必要だと思いますが。今の日本の裁判における損害賠償額は低すぎます…)私人による私的制裁の問題については、一般の事件報道から注目を集める事件におけるSNS等における犯人や関係者の特定競争、犯罪記事が個人のブログなどによって半永久的にネット上に残り続けるというような社会的制裁が行われている現状からは、このような件に特有の問題ではないですし、これらに比べれば万引の抑止という目的には一定の正当性があるように思います。

ちなみに、コンビニで万引きした人の映像をコンビニ店が報道機関に渡したことがプライバシー侵害に該当しないとしたケースとして東京地裁平成22年9月27日判決があります。なお同じ事件で、コンビニに防犯カメラを納めていた会社が防犯カメラの性能を宣伝するためにこの映像を利用していた点については違法性を認めているので、万引き犯の映像であればどんな目的で公開してもよいということにはならなさそうです。

同じく、防犯とは全く関係ない目的で防犯カメラの映像を公開したことについて違法としたケースとして東京地裁平成18年3月31日判決があります。(芸能人がビデオ店でAVを物色している姿を公開したものでした。)

また、そもそも訴えられるリスクということで言えば、万引き犯がまだ摘発されていない状態で文句を言ってくることは考えづらいですし、また、逮捕・起訴された後も現実問題として損害賠償請求してくる事はリスクとしてはかなり低いと考えられます。

その他のリスク

では、以上の他にどのようなリスクがあるのでしょうか。

ある意味、刑事処罰を受けたり、損害賠償請求を受けるよりも大きなリスクが、公開した側の評判が落ちるというレピュテーションリスクと考えられます。このような問題が起きる度に、それなりに報道されて議論を呼び、結局、外部からの圧力で公開を取りやめるというパターンが多いように思います。違法か否かだけでなく、違法でないとしても妥当であるかについて、世間的にも意見が分かれている問題ですし、一旦注目を浴びると大問題に発展しやすい問題であると言えます。そうすると、勘違いで万引きしていない人を公開してしまうリスクを除けば、公開したことによってこのようなゴタゴタに巻き込まれるというリスクが、最も発生の可能性が高く、また、公開した人にとって最も大きなリスクと言えるのではないでしょうか。