スポンサーリンク

退職者がライバル会社に転職したら…

日経新聞電子版に、大手ゲーム会社と、そのゲーム会社を退職した著名ゲームクリエーターとの関係についての記事があり、そのゲームクリエーターの作るゲームが好きだったこともあって、興味深く読んでしまいました。(しかし日経新聞は、企業の内輪話についてよく調べて記事にするなあといつも感心してしまいます。)

それはさておき、会社が退職者と競争関係に立つ事になるという話はチラホラ聞く話で、例えば退職者が、元いた会社と競合するライバル会社に就職したり、退職者自身がそのような競合会社(事業)を起業するというパターンです。

元いた会社としては、競争が激しくなるわけで、上記の様な競合行為については、退職者に対して、退職金の減額や損害賠償、或いは、競合会社に対する不採用などの申し入れを検討することがあるのですが、これらは可能なのでしょうか。

1 退職金の減額・没収

退職者が競合行為をしたことを理由とす退職金の減額・没収が可能かですが、まず前提として、退職後の競合行為は原則として自由であるという事を知っておいて欲しいと思います。

即ち、元いた会社としては、退職者が競合行為をすることによって競争が激しくなり、売上が落ちる等の不利益があるかもしれませんが、退職者の視点からみれば、退職者には、元いた会社を退職して新たな職業に就くという職業選択の自由と呼ばれる憲法上の権利がありますし、そもそも新たな競争相手が現れるということは自由競争の原理から当然のことと言えるからです。

また、退職金は退職金規程などで一定の基準に基づいて支払われるものについては、給料の後払い的な性質を持つと考えられていますから、おいそれと減額や没収を認める事は出来ず、少なくとも退職金規程等で、退職後の競合行為をした場合に減額又は没収される場合があるとの定めが存在することが前提となります。その上で、その規定の内容が合理的であるか、また、具体的な事案でその減額や没収の規定を適用することが正当であるのかという判断をする事になります。

2 退職者に対する損害賠償請求や競合会社に対する不採用などの申し入れ

退職者に対して競合行為をしたことを理由に損害賠償請求する事や、競合会社に対して不採用などの申し入れをする事も、先程みたとおり、退職者には職業選択の自由がありますから、原則としては難しく、就業規則や退職時の誓約書などで退職後の競業避止義務について定めておく必要があります。その上で、そのような規定の合理性や、具体的な事案に基づいてその規定を適用する事が正当であるのかという判断をする事になります。

3 退職者の競合行為を制限する事が合理的とされる場合

では、退職者の競合行為について、退職金の減額や、損害賠償請求、競合会社への不採用の申し入れなどが認められるのはどのような場合なのでしょうか。

この点については、退職金規程や競業避止義務についての規定に関して、以下の事情について総合的に判断されるというのが一般的です。

1)競業避止義務が課される期間

競業避止義務が課される期間が短ければ制限が認められやすく、また、長ければ退職者の職業選択の自由を強く制限する事になることから制限が認められにくくなります。1~2年とすることが多いですが、数ヶ月の期間であれば、他の項目についてある程度厳しくても制限として認められやすくなりますし、5年を超えるような長い期間にすると他の項目の内容にかかわらず制限が認められることが非常に難しくなります。
この点は、退職者が持っているノウハウとその陳腐化のスピードなどを考慮して判断をすることになります。

2)競業避止義務が課される地域や職種

通常は、「競合する事業を営む競合会社への就職又はそのような競合会社(事業)の設立」などと一般化して規定してしまうのですが、対象を絞ることによって制限が認められやすくなります。例えば、ある会社の埼玉エリアにおけるエース営業社員が退職するにあたり、競業避止義務をかけるのであれば、埼玉エリアに対象を絞れば、そのような制限が認められる可能性を高めることが出来ます。

3)競業避止義務を設定することの必要性

先程も述べたとおり、退職者に競業避止義務をかけることがその職業選択の自由という憲法上の権利を制限することを考えれば、そのような制限はなるべく避けるべきです。従って、自由競争の原理を踏まえても、そのような制限をかける事が必要と考えられる人に対象を絞って競業避止義務の設定をするべきということになります。

4)代償措置の有無

競業避止義務が課せられる人には、退職金の上乗せなど、競業避止義務がない人と比べて差がつけられている事があり、そのような代償措置があると競業避止義務の制限が認められやすくなります。これは、競業避止義務を課せられるような人は、ある程度の専門性を持って仕事をしてきた人が多いと考えられますが、そのような人が再就職をしようとすると、通常は今までと同じような業界・職種ということになるのが通常です。だからこそ競業避止義務をかけるのだということにもなるのですが、他方で、そのような形での再就職が制限されるとなると、退職した人は再就職がままならず、自分の能力が発揮できず評価もされない新しい職種・分野での再就職を強いられることになります。従って、そのような不利益を穴埋めするような形での代償措置が必要と考えられます。

5)競合行為の具体的な態様

元いた職場の営業秘密を使った競合行為については、不正競争防止法違反も問題となり、そのような行為の制限は比較的問題なく認められる事になります。このような行為はある意味、秘密保持義務の問題であって職業選択の自由の制限とは異なりますから、この点からも制限は容易に認められる方向になります。

また、退職者の元職場の同僚に対する引き抜き行為も問題となりますが、この点は引き抜きをされる同僚の職業選択の自由もありますから、自動的に違法行為となるわけではなく、退職者の元の職場における地位や、引き抜き行為の具体的な態様を見ながらの個別的な判断をされることになります。

4 まとめ

退職金規則や就業規則等で事前に退職後の競業避止義務について定めが無い場合、退職者と会社の間で合意(誓約書という形がとられることがあります。)がなければ、そのような制限を退職者に課すことは難しくなります。退職者としてはそのような合意を退職時にしなければならない義務は基本的にはありませんから、もし会社としてそのような義務を、退職時になって新たに課したいということであれば、相応の条件(退職金の上乗せなど)を提示する必要があります。ですので、そのような事が想定される会社では、事前に就業規則や退職金規程に盛り込んでおくことが考えられます。

また、先に述べたとおり、無制限に退職後の競業避止義務が認められるわけではないので、その制限内容については良く吟味して必要な範囲に絞らないと、規定が無効とされて却って無制限ということにもなりますので注意が必要です。

いずれにせよ、元の職場として競業避止義務を課したいというような従業員は、競争者になっては会社にとって脅威になる程の優秀な人ということが多いでしょうから、そのような人は在職中にきちんと評価をして、気持ちよく働き続けてもらえるように出来ることが理想的と考えます。